お別れ

亡くなって久しい祖父母が住んでいた家がついに人手に渡ることになった。古い平屋の家はもちろん取り壊されて最終的には土地が何分割かされてさらに売られるらしい。小さい頃からなんども遊びに行った想い出の家だ。実際になくなるのは7月くらいだが、これからどんどん荷物を整理してしまうということで今のうちにお別れ会をしようと家族で集まった。
昔から「昔の家」な感じで何とも言えない不思議な独特な香りがしていた。家の裏手には井戸の手漕ぎポンプがあって小さいときには意味も無くくみ上げて水がじゃばじゃばと出る光景にはしゃいだものだ。
じいちゃんは愛想が良い方ではなく、小さいころはちょっと苦手だった。孫連中が来てもちょっと顔見せたあと仕事のため自室に戻ってしまうような人で、当時その仕事部屋は近づき難い聖域だった。
ばあちゃんは逆にいろいろと相手をしてくれた。居間の戸棚を開くとそこからいろいろとお菓子が出てきて、何か魔法のようなわくわく感を感じた。小さいときに感じた匂いって忘れない。この戸棚、開けるとまた不思議な木の?香りがしていた。久しぶりにこの戸棚を開けて見たら薄らいでいるとはいえやはり記憶に残るあの香りがしていた。居間にちょこんと座るばあちゃんの姿が思い出された。
明確な記憶として出てこない小さいときのもっと多くの経験が意識下に緻密に詰まっているのだと思う。この家が無くなってしまうのは、何か自分を支える大きな柱の一つが外されてしまうかのような気分だ。実際に無くなってしまった時の喪失感を想像するだけで打撃だ。取り壊された跡地を見る勇気が自分に持てるだろうか?