錦糸町河内音頭大盆踊り

私の心のすす払い行事としてなくてはならない錦糸町河内音頭の大盆踊り大会。今年が40周年記念の年にあたるとのこと。コロナ禍のため事前予約制500人限定参加、生演奏なしで事前収録したものを舞台上のスクリーンに投影するという苦肉の形ではあったが開催されて本当に良かった。
企画・運営のみなさま、ボランティア参加のみなさま、演奏&歌い手のみなさま、踊り子のみなさま、その他開催に関わってくれた全てのみなさまに感謝したい。


自然災害はコロナだけにとどまらず、台風接近で当日朝まで開催が危ぶまれたが公式ページに「予定通り開催」が出たのをみてガッツポーズ。ひゃっほう。
気温が微妙で着るものが悩ましかったが結局丁シャツで行って正解。踊り始めたら1曲目でもう汗噴出。日頃の運動不足のせいで心臓どきどき。この場で倒れると今後の運営に迷惑かけるので倒れるときは高架下から出てからにしようと心に誓いながら、ときどき休憩しながらなんとか最後まで参加できた。
ということで体力不足のへなちょこは最初すこしマンボで跳ねたがその後は手踊りと流しをメイン。河内音頭はもちろん楽しいけど今回は月乃家小菊の江州音頭がなんか一番脳内麻薬出て気持ちよかった。泉州音頭はほぼ江州音頭だよと言われても今ひとつわからず毎年休憩タイムにしてしまうのだけど次回はちゃんと踊れるようにしておきたい。


心配した台風は最初少し雨っぽかったがほぼ降らず途中で明るくなってきて薄日も見えたりしたが夕方になって最後の一曲の時に雷&豪雨となった。それでも風は全然吹かなかったので機材が倒れるような心配もなく、こういうときは高架下という場所も悪くないなと思った。


終わった後で片付け手伝ってというアナウンスがあったのでたまには感謝を行動で表すかと舞台前に行ったが頼まれたのは会場のゴミ拾いのみ。踊りスペースと飲食コーナーを回ったが人数限定だし飲食もそれほどなかったと見えてほとんどなし。ベンチまわりでタバコの吸い殻がちょっとあったくらいで綺麗なものだった。帰りがけに1000円カンパ(もっと出しても良かったな)。


次回こそ制限なしの昔のような盆踊り大会ができることを切に願う!


生駒竜也 河内音頭 灰神楽の三太郎
月乃家小菊 江州音頭 曽根崎心中
土生みさお 河内音頭 おさん茂兵衛
雲竜左枝菊 泉州音頭 越後の旅鴉片貝の半次郎
山中一平 河内音頭 雷電


中入り(15時20分前後を想定)


中村美律子(特別企画) 河内音頭(2021年中野サンプラザでの35周年記念コンサートより)
鉄砲博若 河内音頭 仲乗り新三
堺家小利貴丸 河内音頭 一本刀土俵入り
月乃家小菊 江州音頭 紀伊国屋文左衛門~春の恋風
瑞姫 河内音頭 桜川と黒鷲

上記演目は公式ホームページから引用
www.kinshicho-kawachiondo.jp




エリザベス女王国葬


96歳で亡くなったイギリスのウィンザー朝第4代女王であるエリザベス2世女王の国葬
イギリス王室に深い思い入れがあったというわけではないが大きな歴史の変換点であることに間違いはないだろう。
人が変わると時代が動く。負の方向へ行かないで欲しいと切に願う。
冥福をお祈りしたい。

君の膵臓をたべたい/住野よる

映画のタイトルとして初めて知ってその言葉のインパクトが強すぎて却ってなんとなく手を出しそびれていた作品。
膵臓の病気で余命わずかな少女と偶然それを知ってしまった同級生の「僕」。二人の交流とストーリー展開は想像通り涙腺を刺激されてしまうし生きるとは何かを選択していくことという強いメッセージに勇気付けられる。素直に読むのが良いと思う。

夏への扉(新版)/ロバート・A・ハインライン著、福島正実訳

言わずと知れた名作SF。福島正実版の(新版)が出たというので超久しぶりに読み返した。翻訳者の福島正実は1976年に亡くなっているから、誤訳や表現をある程度修正したということらしい。名訳と言われる福島正実の(新版)の前に、小尾芙佐翻訳の(新訳版)も出ているがそちらは未読。


ネット上の感想でもよく見かけるが翻訳で議論になるのが「Hired Girl」。福島正実はこれを「文化女中器(ハイヤード・ガール)」と訳した。
「文化鍋」「文化包丁」など日本の一時代(1950年代ごろ)に流行った、新しくて便利な家庭用品などの冒頭に「文化」をつける感覚を、そのまま「お手伝いロボット」の名前につけたわけで当時はこれがしっくりした訳出だったと推察するが、その後の日本というか世界的意識改革によって「女中」という言葉が女性蔑視表現として嫌われることになって、新版・新訳ではこれをどうするのかがかなり議論ポイントだったと思われる。
小尾芙佐版ではこれを「おそうじガール」と訳したそう。福島正実版の新版では単に「ハイヤーガール」となっている(「ド」はどこ行った?という感じもする)。いま新版として出すにはまあ無難で文句もないが、初めて読んだ時の「文化女中器」という言葉のインパクトと、白物家電(?)としてのロボットお手伝いさんとしての言い得て妙な感覚の衝撃は今も忘れられない。
そして今回読み返しながらルンバがちょこまかと掃除で走り回ったりブラーバが床をふきふき動き回るのを見て、ああ、これだねダンが作ろうとしたものは、と強烈に思ったことよ。


それはさておき、改めて最後まで読み通して思ったのは、意外と忘れていなかったなということ。
複雑怪奇な話ではないので当然とも言えるかもしれないが読んだのは中学生くらいだったと思われる。あえていまの年齢はバラさないがウン十年前に一度読んだだけなのに、なるほどそういうことかと全てが腑に落ちた時の頭がホワイトアウトするような感覚はもう完全に覚えていて、このシーンでこんなこと思った、次のシーンではこう感じた、というのが特に後半は脳髄の古い記憶域からダダ漏れてきて今の脳みそと微妙にずれながらもシンクロしながら読んでいた。この微妙なズレは当時と今の経験の差だよね。SFのガジェットやネタにまだあまり慣れていない時代に読んだものと、いろいろな作品を読んでいろいろなパターンで驚かされてきた今ではやはり受ける感覚は違って来る。


でもこの作品はとにかく好き。日本人が大好きで海外ではそこまで高い評価ではないということも最近知ったのだがやっぱり名作としか言いようがない。SFをあまり読んでいない人にはまずおすすめしたい本。

闇祓/辻村深月

ちょっと怖いダークファンタジーかな、くらいで読み始めた辻村深月のこの本。近年読んだ本の中で一二を争う怖さだった。タイトルの闇祓は「やみはらい」ではなく「やみはら」と読ませる。人の心の機微を操作し破滅に導く不気味な存在の話。まじこわ。